現実ならざる古池
新しい発見のある本、固定観念を覆してくれる本と出会うことは、人生の大きな喜びの一つだ、なんて言ったら、ちょっと大袈裟でしょうか?
今回も俳句の本。長谷川櫂『俳句的生活』(中公新書)より。
> 古池や蛙飛びこむ水の音 芭蕉
この高名な句は通常「古池に蛙が飛び込む水の音が聞こえる」と解されているのであるが、これは切れ字「や」の働きを見落とした解釈である。(中略)
そうではなくて、この句は「どこからともなく聞こえてくる蛙が飛び込む水の音を聞いているうちに心の中に古池の面影が浮かび上がった」といっているのである。ここで「や」は現実の世界で起きている「蛙飛びこむ水の音」とは切り離された心の中に現実ならざる古池を浮かび上がらせる働きをしている。
うーん、なるほど。そういう読みがあったか。この句の初案が「山吹や…」であったのを、後に「古池や…」に改作した、などという成立事情も含めて考えると、確かに古池は眼前のものではないという解釈は、当然のことと言えるかもしれません。では、巷に行われている解釈は、間違いということになるのでしょうか?
たとえば、どこかの古寺の片隅に、いかにも芭蕉の句の蛙がひそんでいそうな池を見つけて、「古池や」という文句が思い浮かぶ。そして、その切れ字「や」の作り出す沈黙の空間に、現実ならざる「水の音」が響く、ということだってあり得ることだと思うのです。
この問題については、もう少し考えてみたいと思うけれど、こんなことをいろいろな人と語り合うことができたら、それこそ人生の大きな喜びだなあ。
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