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2005.06.13

されど、芥川賞…

 昨日の「朝日」朝刊の一面の見出しは「文学賞異変」。文学賞の創設ラッシュを報じているけれど、トップを飾るほどの事件なのかな?
 僕の場合、受賞作に飛びつくということはほとんどなくて、『夜のピクニック』という小説がラジオ番組の中で紹介されているのを聞いたときは絶対読みたい本だなと思っていたのに、その後「本屋大賞」というのを取ってやたらと話題になってくると、こうなったらそのうち文庫になって古本屋にも並ぶようになるだろうから、その時になってから読めばいいやと思っているくらいです。

 で、今読んでいるのは、芥川賞作家、南木佳士の随筆集『ふいに吹く風』
 前回取り上げた小説『海へ』の中に、筆者自身の分身と思われる語り手が、高校時代の現代国語の老教師がつぶやいた「比喩は危険だから、用いる時は一日じっくり寝かして納得できたら話すか書くかしなさい」という教えをものを書くときの戒めとしてきた、と語る一節があります。南木佳士の文章の魅力の一つが、卓抜な比喩にあることは間違いありません。

事実とは畑で抜き取ったばかりのゴボウとおなじで、見てくれもよくないし、アクが強くて食えたものではない。ゴボウを洗い、アクを抜き、きれいに削って油でいためるからこそ食ってうまいキンピラゴボウになる。ある程度の辛味も必要だから唐辛子を入れる。事実も、それに適度の創作を加えることによって、世間の常識の裏に隠されていた真実が現れてくる。人間が存在することの不確かさにまで触れる真実は万人の共感を呼ぶ。(「酒について」)

これは、酒の席で人を面白がらせる話のことを言っているのですが、小説執筆の奥義に触れているようにも読めます。

先日、二十二年ぶりに高校一年時の同級会が開かれた。…同級会に集まった仲間の顔を見ていると、二十二年前、舞台裏の楽屋で下着姿を見せ合っていた者たちが、それぞれの役にあった衣装を着けて舞台に立っているような気がしてならなかった。男たちの中には、早くも自分の役に飽きている顔があった。(「紫陽花の咲く頃」)

 芥川賞候補になりながら結局落選した時の経験を、すごい美女に誘われながら結局はふられてしまう男に喩えた「芥川賞の待ち方」は、愉快な文章です。

指定されたロビーで待つこと数時間、女はあらわれない。…あんな美しい女と酒が飲めるなんて、本気で想い込んだおまえがバカなんだよ―男はゆがんだ笑顔を星のない夜空に向ける。芥川賞に落選したときの気分はこのとおりである。

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コメント

 比喩は奥深い表現ができますね。何日も寝かせるのは、詩を考えるときと同じです。詩のいいわるいも、比喩の質に比例するような気がします。もっとも、もとがしょうもなければいくら寝かせてもだめでしょうが。
 教科書教材から読書を発展させるのは、勉強にもなるし、楽しくもあります。それゆえ、新しい作者(筆者)に会えるのは刺激になりますね。私も、南木さんの本を読もうと思いましたが、読んでいません。そういえば、映画「阿弥陀堂便り」の原作も南木さんですよね。

投稿: tomtom | 2005.06.14 20:39

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