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2005.08.25

心とコミュニケーション

 ある本を読んでいてわからなかった場所の意味が、別の本を読んでいてわかったという経験、ありませんか?
 今日の僕は、まさにそんな経験をしました。

 『考える人』という雑誌の最新号の特集(「心と脳」をおさらいする)の中に、「心は、自分が内省するためだけに生まれたのではなくて、社会におけるコミュニケーションにその源流があるのではなかろうか。(甘利俊一)」という記述があるのですが、その前後をよく読んでも具体的なイメージが湧かないためにどうしてもすっきりわかったという気持ちになれませんでした。

 ところが、次に今日買ってきたばかりの『考えないヒト―ケータイ依存で退化した日本人』(正高信夫著、中公新書)を読み始めるとすぐに次のような箇所にぶつかり、さきほど引っかかっていた部分がスッとわかったような気がしたのです。それは、チンパンジーがニホンザルと異なり、手に入れた食物を自分より劣位の個体に分け与える事によって平等主義を遵守しようという「気配り」を見せるという記述のあとに続きます。

>(ニホンザルが生存のために「仕方なく」みんなと一緒にいるのに対して)チンパンジーは群れに「好んで」加わっている。それは、「気くばり」してくれるからにほかならない。
 さらに、「気くばり」してもらうことをうれしいととらえる感受性が、気くばりする意識とともに、社会性のもとを形成する。単に食物が手に入ってありがたいというのではなく、互助的交渉ができることそのものをエンジョイできるようになったとき、人間的な社会が作り上げられる基礎が整ったのだろう。

 これはまさに先ほどの、「心」の源流が「社会におけるコミュニケーション」にあるという説明の具体例になっているではありませんか。考える人』を読んでいてわからなかったことが考えないヒト』を読んでいてわかったのです!

 さらに僕は、読んだばかりの『もう登らない山』(串田孫一)の次の箇所を思い出しました。

私達が山へ画帳を携えて行ったり、写真機を用意して行ったりするのは、今は一つの山登りをする人たちに共通した習慣かもしれないが、山を歩きながら素晴らしい姿、珍しい山の自然に出会った時には、何とかしてこれを持ち帰りたいと、極く素直に思う。
 そしてそれを戻ってからゆっくり味わったり、親しい人達に見せながら、伝えたいと願う。その心は素朴で貴重である。

 確かに、人の心の動きというのは、その人の心の中だけで完結するものではないように思います。
 例えば登山者の視界に突然神々しい高峰の連なりが飛び込んできたとき、その登山者はきっと心の中で誰かに向かってその感動を語り始めることでしょう。その感動を共有したいと願う誰かに向かって。

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コメント

 こういう連鎖ってあるもんなんですねえ。でも、あるテーマについてアンテナ線を張っているから見いだせるということもあるのでしょうね。そういう意味も含めて、mfさんには感服しきりです。また、ブログをリンクしてくださってありがとうございます。さらに、cozy氏のブログが分からなかったので、リンクから行かせていただきました。重ねてありがとうございます。
勝手にリンクしちゃおうかな。

投稿: tomtom | 2005.08.25 22:46

 『考える人』の特集(「心と脳」をおさらいする)を読んで、「心と脳」の問題(=心脳問題)というのは面白いテーマなんだなあと思いました。
 特集の最後にブックガイドが載っていて、興味をそそる脳関係の本がずらっと並んでいます。大学入試問題にもこの問題を扱った文章からの出題が増えるんじゃないかな。

投稿: mf | 2005.08.25 23:37

コメントありがとうございます。いま、画像の処理で四苦八苦しています。

投稿: cozy | 2005.08.28 09:04

久々のコメントです。心とコミュニケーションはなかなか興味あるはなしですよね。以前にやったISO研修会の私のプリントを読んでくれたでしょうか?「人間について」という授業の一部を紹介しました。ヒトがサルと異なるのは「心と道具」です。もちろんサルにも心や道具はあるのでしょうが、その量が圧倒的に違います。その心の発生はおそらくつぎのようではなかったかと考えられます。すなわち弱い動物であった私たちの祖先が生き残るためには協力が必要でした。その協力のために言葉が必要だったわけです。まさしくコミュニケーション。その言葉は「心」をつくり、抽象世界をも出現させ、弱い者を助けるような愛も生じさせましたが、逆に憎しみの心も併せ持ってしましました。まさに「心と道具」は両刃の剣だったわけですね。協力・・コミュニケーション・・言葉・・心とつながっているわけですね。正高の本は「ケータイを持ったサル」を読んでいますが、なかなかおもしろい。でも今回の気遣い論にはちょっと共感しませんね。
串田の感激の共有はその通り!と思います。学生時代に初めて一人で山へ1泊で行った際に、つくづく感じました。「この景色のすばらしさを誰かと共有したい、伝えたい!」一人の旅も良いのですが、常に素朴な伝えたい感情がありますね。

投稿: yossi | 2005.08.28 22:14

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