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2005.10.18

ハイドンとその「夫人」

 仕事の忙しさに加えて、僕の所属するオケ(横浜シティ・シンフォニエッタ=YCS)ttp://homepage2.nifty.com/ycs/index.htmlの演奏会が近づくにつれてその準備も忙しくなり、すっかりこのブログも更新が滞ってしまいました。

 この忙しい合間を縫って少しずつ読み進めてきたのが、『ガット・カフェ~チョロと音楽をめぐる対話』(鈴木秀美著)です。
 朝日新聞の読書欄の小さな記事でこの本を知り、書店に注文したら、こんな素敵な本が届きました。造本の美しさに見惚れてしgutcafeまいます。

 鈴木秀美はチェリストであり、ハイドンを中心に演奏をするオーケストラ・リベラ・クラシカの主宰者です。(と言っても、僕はハイドン愛好者であるにもかかわらず、迂闊にもこのオケの存在を知らなかったのですが…)そして、この本もまた、そのハイドンの魅力について存分に語ってくれています。たとえば初期の交響曲についてはこんな具合に…

第一ヴァイオリンだけでとても静かに始まる第6番《朝》の冒頭は、いかにもこれから朝日が昇ってくる一日の始まりを思わせるが、その序奏に続くアレグロは、管楽器達が一人ずつこちらを向いて手を振っているような音型が登場する。スコアを読んでいるだけでも思わず微笑んでしまいそうなものである。…ハイドンは、「習作的」な初期の作品を経て後期のマスター・ワークスへ「進歩」したのではなく、初期は初期で違う味わい、これらもまた素晴らしい作品なのである。

 本当にそうなんですよ。ハイドンは演奏するたび聴くたびに、至福の時をもたらしてくれて、裏切られたことがありません。以前、YCSで取り上げた第47番なんて、ニックネームも付いていない、まさに無名の曲ですが、演奏してみると実に味わいの深い曲で、ついでにその前後の曲もCDで聴いてみたら、それらがまたどれもそれぞれの魅力を持っているのです。
 上の引用部にある第6番というのは、僕のようなファゴット吹きにとってはいかにも「美味しそうな」ソロがあって、ぜひ吹いてみたい曲の一つですが、104番まであるハイドンの交響曲の中には、まだまだ「ご馳走」がたくさん隠れていそうです。

 ところで、この『ガット・カフェ』を読んでいて、ぜひ聴きたくなった作曲家がもう一人います。
 ボッケリーニです。
 著者は、チェロの師であるアンナー・ビルスマの次のような言葉を紹介しています。

「ボッケリーニの音楽はね、素晴らしく大きな時計屋に入ったようなものだ。大きな柱時計の振り子はゆったりと、壁の時計がコチコチ、小さな時計が卓上でチクタクチクタク……と何百何千もの針や振り子が動いて音を立てている。けれど、店の中は”静か”で、誰も動いてはいない……」

 時計といえば、有名な『時計』交響曲でなくても、ハイドンの音楽には時計の針の動きのような単純な音の列がしばしば見られ、その点でボッケリーニにも似た要素があるということでしょうか、ボッケリーニを批判的な意味で「ハイドン夫人」と呼んだヴァイオリニストもいたそうです。でも、僕にはその単純さが魅力に感じられてならないのです。
 僕はさっそく、Ensemble415というグループが演奏する「弦楽クインテットop.39」のCDを買って聴いてみました。まさに「音のある静かさ」という表現がぴったりの、心癒される音楽で、なんとも幸せな気分にさせてくれるのです。
 ハイドンにしても、ボッケリーニにしても、その中にまだまだたくさんの名曲が隠れていると思うと、ワクワクしますね。

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