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2006.02.01

達人になりたしと思へども…

 森口朗『授業の復権』(新潮新書)を読みました。
 著者はまず現行の学習指導要領の根底にある「新学力観」を次のように定義します。

「新学力観」とは、知識を増やし理解を深める力を「古い学力」とし、「意欲・態度・関心」=「新しい学力」をより重要と考える教育思想である。

 そして、この「新学力観」によって「「授業」という学校の根幹部分が破壊された」と言い、また、「ゆとり教育」が推進されてきたこの二十数年の間に、「「学力を向上させる授業がよい授業である」という常識が、学校(特に小学校)から消失した」とも述べています。
 著者は、「ゆとり教育」の推進と「新学力観」の提唱がもたらした「学力低下」という問題から学校を蘇生させるためには、学習指導要領の改訂など、「教育行政の大転換が必要」だが、それ以上に教師の授業技術の向上が重要であるとし、そのためのヒントとして、「授業の達人」たちの実践例を紹介しています。ここには、反復練習を中心とした「寺子屋型」の授業や、文部科学省の推奨する「問題解決型」の授業実践の成功例など、さまざまなタイプの実例が挙げられているのですが、著者は、こうした「見習うべきサンプル」をさらに掘り起こし、教師は自身の授業技術を向上させてほしいと締めくくっています。
 これは耳を傾けるべき多くの示唆に富んだ著作だと思います。著者の言うとおり、「学校にとっては授業こそが「魂」」なのです。教師の仕事は授業です。
 しかし、こんな当然過ぎることを忘れてしまいそうになるほど授業以外の雑務に忙殺されているのが今の教師の現実です。
 また、来年度からは高校にも「観点別評価」が導入されようとしており、そうなると「意欲・態度・関心」も数値化しなければなりません。世間ではこれほど学力低下の問題が大きく取り上げられているのに、現場には現行の学習指導要領のさらなる徹底の動きが上から降りてきているのです。
 「観点別評価」に伴って発生する業務は膨大なものになることが確実です。また、そもそも「意欲・態度・関心」は評価できるものなのか、という根本的な問題もあります。
 「授業の復権」への道のりは、相当厳しいと言わざるを得ません。

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バブル崩壊後の日本経済を“失われた十年”などと形容しますが、教育界においてもまったく同様の“失われた十年”であり、経済の方は復活の兆候を見せていますが、教育界はこのままではさらに“破滅への十年”となりかねないという現状認識を筆者は持っています。 学力低下の問題を語るときには、様々な視点が考えられます。指導要領改定に伴う授業時間の減少や、地域社会を含めた家庭の教育力の低下、競争は悪という思想を喧伝する組合や政治勢力の責�... [続きを読む]

受信: 2006.03.24 16:08

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