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2006.04.07

語り口の魅力

 藤原正彦『国家の品格』が売れ続けて、『バカの壁』よりも早く100万部に達したそうで、当然ながらマスコミなどでもいろいろ取り沙汰されています。

 このブログの以前の記事で書いたように、(2006年1月

>「どうしても必要な自由は、権力を批判する自由だけです。それ以外の意味での自由は、この言葉もろとも廃棄してよい

というような部分を批判している文章に出会わないことが、僕にはちょっと不思議だったのですが、『論座』5月号「藤原正彦氏に聞く ベストセラー『国家の品格』への質問」という記事の中で、この部分に触れたやりとりがあって、やっぱり気になっている人はいたんだと安心しました。(聞き手は『論座』編集長、薬師寺克行)

――自由の強調は身勝手の助長にしかつながらなかった、自由とは積極的に称揚すべき概念ではないと指摘されていますね。これもずいぶん思い切った発言ですね。
藤原 その通りです。ただ、権力を批判する自由だけは絶対に確保しなくてはいけないと書きました。私はそこが一番のポイントだと思います。政府や官僚の暴走を自由に批判する権利だけは究極的に重要な自由です。しかしほかの自由というのはよくよく考えると定義すらできないし、そもそも生まれたときからあるのかないのか分からない。人間にはそもそも自由なんてないと、私は思っているわけです。

 結局著者は本の中で言ったことを繰り返しているだけで、聞き手の方もこれ以上追求せずに話題が他に移っていきます。「人間にはそもそも自由なんてない」とまで言ってしまうことにはどうしても賛同できない僕としては少々物足りない感じですが、聞き手としては、もっと突っ込みたいところがたくさんあったので、ここで切り上げざるを得なかったのでしょう。
 実際この本には、聞き手が指摘するとおり、「あれだけナショナリズムを否定されているのに、ナショナリスティックな人が引用しやすい部分もいっぱいある」のです。
 しかし、『国家の品格』に続いて『祖国とは国語』を読み、文章家としての藤原正彦の魅力を知ってしまった僕には、彼がときどき見せる過激な物言いも、彼独特のユーモア、あるいはレトリックとして許容できるようになってきました。
 そもそも藤原正彦の少々「品格」を欠いた言い方は、それを面白がる読者を意識してのこと、つまりは読者サービスのひとつなのに違いありません。『祖国とは国語』に収められた家庭での一こまを描いた数編は、読んでいて思わず笑ってしまう面白さなのでした。
 『国家の品格』が批判されつつも読まれるのは、その語り口の魅力に負うところも大きいのではないでしょうか。

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