たかがテストの点数というけれど…
桜木建二先生、よくぞ言ってくれました。
>(桜木)「何度も言うが
センターくらいテクニックで解ける試験はない
こういうテクニックのみでは
本当の学力が身につかないと批判されるが…
んなことは知ったこっちゃない
本当の学力なんて誰も知るはずないし 知る必要もない
そんなもん社会が勝手に騒いでいるだけだ
お前たちはテストでいい点を取る
それも… 楽して 効率よく…
それの何が悪い
勉強なんてテストでいい点取る以外に何にもない
なんなら「本当の学力」なんていう看板
俺の前に持ってこいってんだ」
(水野)「どうすんの?」
(桜木)「小便ぶっかけてやる」
(水野)「あちゃ~」 (三田紀房『ドラゴン桜12』より)
『ドラゴン桜』の中にはいくつもの「名言」が見つかりますが、今度のこのせりふは実に痛快。「新しい学力観」の信者の方たちに、ぜひ読んでいただきたい。テストで点を取るということは、細切れの知識をただむやみに詰め込むことではない。頭の様々な働きを総動員し、時には体も使い、さらには仲間の協力も仰いだりして、初めてテストでの高得点は稼げるはずなのです。(『ドラゴン桜』を読めば、そのことがよーくわかります。)
たかがテストの点数などと言うなかれ。
ただ大切なことは、テストでの高得点に価値があるのは、そのテストが良問であることを前提としているということです。桜木が言うように東大の入試問題が大学生に求められる学力を試すのにふさわしい良問であるならば、それを解くためのどんな努力も無駄ではないはずなのです。問題作成者としては、生徒が必要とする能力を測りうる良質の問題を作る義務があるということを肝に銘じておきたいと思います。
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